認識論(イデアを駆使するということ)

今回は、「認識論」について述べていきたいと思います。

ここで、形や特徴のそれぞれ異なる存在(=ヒトでも動物でも、クルマでも電車でもなんでもいい)が、いくつかあるとします。

※極端な話、この世に形のある存在(=物体)でなくても、形のない「概念」や「観念」でもいいですよ(笑)。

人間が、それぞれの存在を認識して、その存在の名前・名称を言い当てることができるのは自明であり、当然のことです。

ではなぜ、我々人間には、それができるのか?・・・。

それは、"「イデア」を駆使している"からです。

つまりは、人間が、なにかの存在を認識する際、認識の対象であるそのなにかと、それに対応するイデアを突き合わせているのです。

最後に、その結果として、アレとコレは「同じだ」とか、「違う」といった答えが出るのです。

※「イデア」とは、現実にあるものの「理想形」みたいなもので、AIや機械学習の世界では「教師信号」と呼ばれます。

※例えば、「クルマのイデア」は、"この世に実在する無数のクルマに共通する形や特徴"といえますね。

※我々人間は、乳幼児期の脳や意識が発達する過程・段階で、この「イデア」を経験を通して獲得するように造られているのでしょう。