座標系と男女性(性別を座標・ヴェクターで表すということ)

初めに、今回は、「座標系と男女性(性別を座標・ヴェクターで表すということ)」について述べていきたいと思います。

まずは、一次元の座標系を考えてみます。

1次元の座標系の両端には、プラス極(=+1)とマイナス極(=-1)があり、両者の間にはゼロ(=0)があります。

ここで仮に、プラス極を「男性(らしさ)」、マイナス極を「女性(らしさ)」としましょう。

では、ゼロはなにをあらわすでしょうか?。

答えは、男女性の「どちらでもない(=無性)」となります。

※日本の義務教育並びに高等課程では、ゼロはプラスとマイナスの「どちらでもない」ことになっています。

※これはコンピューター用語・プログラミング用語でいうところの「Null(=無効な値)」となりますね。

しかし、ここで問題が一つ出てきます。

それは、「両性(=両性偶有者)」の存在が1次元の座標系では表せないということです・・・。

ここでさらに、座標系を2次元に拡張してみます。

すると、「男性(らしさ)軸」と「女性(らしさ)軸」上の成分が等しいヴェクター(=原点ゼロを始点とする45度の対角線)は、男性(らしさ)と女性(らしさ)が拮抗して、ちょうど男女両性を表すことができるようになります・・・。

※これはコンピューター用語・プログラミング用語でいうところの「Unknown(=真偽不明,判定不能)」となりますね。

終わりに、男女の性別を完全な形で表現しようとすると、2次元の座標系(=ヴェクター空間)を必要とするということが分かりました。

二重スリット実験②(スクリーン上の干渉縞=量子のブレた動き)

初めに、今回は、「二重スリット実験②(スクリーン上の干渉縞=量子のブレた動き)」について述べていきたいと思います。

一般的に、動いている被写体を時間分解能の低いカメラで撮影しようとすると、カメラには被写体がブレて映りますよね?。

※これは、一つの(フィルム上の)コマに、複数時点にまたがる一連の動きが焼きこまれるからです。

ここで、だれにも、なにものにも観測されていない時には、量子は気ままに振舞う結果、波動としての性質を帯びており、実際の観測によって、(世界線を一つに限定しなければならなくなるゆえに、)粒子としての性質へと転換するということです。

※「波動の状態」=「不特定多数の世界線を描く」。「粒子の状態」=「ただ一つの世界線を描く」。

ただし、電子や光子が量子の状態(=波動の状態)の時には、量子それ自身の不特定多数の軌道がぶつかり合ったり、互いに干渉したりするので、スクリーンに到達・衝突する位置から、元の軌道が「枝分かれ」していることがわかるでしょう・・・。

※スクリーンに現れる「干渉縞」それ自体が、「量子のブレた動きの証拠」ということです。

ではなぜ、電子や光子などの「量子」は、「同時に複数の世界線を描くのか」といえば・・・。

それは、量子が純粋なエナジーであるがゆえに、(主だった軌道から)ややそれたり、ブレたりするのではないでしょうか?。

※そもそも、「エナジー」とは、空間中での「(物体等の)動きの活発さ」あるいは「(物体等の)動きの勢い」を表すものでした。

最後に、ひょっとすると、「量子」とは、「子供のようにじっとしていられない存在」なのかもしれませんね・・・?(笑)。

シュレディンガーの猫とウィグナーの友人①(実在性とはなにか?)

初めに、今回は、「シュレディンガーの猫とウィグナーの友人①(実在性とはなにか?)」について述べていきたいと思います。

これは巷でよく「シュレ猫」と呼ばれるシュレディンガーが構想した有名な思考実験です。

「ウィグナー」のほうは「シュレ猫」を拡張した実験です。

※これは、シュレ猫と実験装置を閉じ込めた部屋を、実験者の友人がのぞき込むというもので、友人自身もシュレ猫のいる部屋よりも大きな部屋に閉じ込められています。当の実験者は建物の外側にいて、扉を開けてから友人に実験結果を伝えてもらいます。

ここで、これらを拡張した実験を実際に行った結果があります。

その結果としては、「観測者によって、見える現実(=観測される事実)が異なる」というものでした。

※なんともショッキングですよね・・・(笑)。

つまり、「量子効果」「量子揺らぎ」「量子の重ね合わせ」などと呼ばれている現象は、我々人間サイズの世界でも起こり得るということがわかってしまったのです。

※正確には、「40キログラム」=「女性一人分の質量の物体」です。

先の実験によって、「(世の中で、)一体だれが見ている現実が正しいのか」という問題に突き当たってしまったわけですね。

結論からいってしまえば、世の中で起こる物事の多くは、我々のあいだで共通に認識して、了解できるのですが、どうやらこの宇宙では、互いに見聞きする(=体験する)物事が違っている場合が(多少なりとも、)あるということになります。

(すべての人の間で、)なにからなにまで、見聞きしている物事が違っていたら、人類の文明はここまで発展しなかったでしょうね。

※まずもってコミュニケーションが成立しないでしょう。

※それこそ人間の世界が「カオス」になってしまいますね・・・(笑)。

では、この宇宙には、「絶対の観測者」がいるのでしょうか?。

最後に、おそらくは、それが「神」であり、唯我論にも通じますが、そんな「神に近い存在の人間」がこの世のどこかにいるのかもしれませんね・・・。

運の正体

初めに、今回は、「運の正体」について述べていきたいと思います。

ここで、ある人は事故や病気で若くして亡くなったりします。対して、別の人は一生涯、健康で長寿だったりしますね。

※あるいは、国が戦時であれば、徴兵されて戦地で亡くなったりします。対して、徴兵されずに国に残されて長生きする人もいます・・・。

さらにいえば、ある人は一生涯お金に困ったり、不自由したりします。対して、別の人は一生涯お金に困らない、不自由しなかったりします。

これは一体なぜなのでしょうか・・・?。

答えを急ぐのではなく、ちょっと遠回りしてみます。

ここからは、ビジネス(=実業)の世界に焦点を当てていきます。

ある企業は、時勢や時代の流れにうまく乗っかって、事業を拡大してゆき、創業者一代で、大きく名のある企業に育っていったりします。

※戦後の焼け野原では、GHQ令や戦争そのものによる被害によって、たくさんの企業が廃業や縮小化に追い込まれたのでしょうが、同時に、沢山の小さな企業が生まれたりして、それらが後に世界的な企業へと大きく育っていきました。

※ホンダやパナソニックなどがそのいい例でしょう・・・。

パナソニックは戦中にもありましたが・・・。

では、企業の成功事例から読み取れることはといえば、それは・・・。

「その時代ゝに求められることをした」、あるいは、「時代を先取りしていた」ことなどが挙げられますね。

※後者の「時代を先取りしていた」は、「イノヴェイション(=破壊的な創造行為)」に当たりますね。

※もっといえば、「自分(=創業者自身)の信じることを ひたすら粘り強くやり続ける」ということもあるでしょう。

※世の中には、(時代にかかわらず、)必ずと言っていいほどに、「邪魔者(=世の中の抵抗勢力)」がいるのですから・・・。

結果として、その成功は「運がよかった」とか「運が味方してくれたから」とか言われるのでしょうね・・・(笑)。

翻って、「個人の運の良し悪し」にも、同じことがいえるのではないでしょうか・・・?。

最後に、突き詰めれば、「運の良い人(=企業)」とは、①「(時勢や)時代の流れに乗っかっている」、②「(世の中の大多数・不特定多数の)人々に求められる」、③「(いくら邪魔をされても、)自分の信念を貫こうと 日々研鑽に励んでいる」などではないでしょうか・・・?。

※「邪魔者(=自己と利害の相反する者達)(=抵抗勢力)の行為」=「社会的に張り巡らされた罠」や「手柄や功績の横取り」に遭わない、あるいは、遭わないように日頃から注意しておくことも挙げられますね・・・。

※では、世の中で不運や災難に見舞われる人とはどんな人かといえば、それは、「この世での使命をまっとうした人(=一見、不運や災難のようで、実はそれが天命だった人)」、あるいは、「邪魔者に貶められる人(=もっと言えば殺されてしまう人)」となるのでしょうね・・・。

今回はいつにもなく、かなりシビアな内容となってしまいましたね・・・。

二重スリット実験①(量子それ自身との衝突)

初めに、今回は、「二重スリット実験①(量子それ自身との衝突)」について述べていきたいと思います。

「二重スリット実験」とは、かつてヤングが行った実験のことです。

ここで、単一の光子でも、二つの平行するスリットの入った遮蔽板を通すと、その先にあるスクリーンに干渉縞ができます。

※日本の企業である浜松ホトニクスが行った実験でも明らかとなりました。

光子は装置により発射された際の向き・角度によって概ねその軌道が決定します。

しかし、実際には、その軌道に沿いながらも、その軌道を中心としながら、その軌道からいくつもの別々の軌道が分かれ出て、その数を増えしていきます。

なぜならば、光子の運動状態に「量子効果」が働くからです。

つまりは、光子の存在状態は確率的にしか決定できなくなり、光子はその存在確率に従って、いくつもの場所に同時に存在することとなります。

※量子とは、ミクロの世界の存在であり、その存在が確率的にしか決定できないものであり、「同時にいくつもの場所に現れるもの」といえますね。

※「同時にいくつもの場所に現れる」とは、「複数の世界線を描く存在」だということです。

したがって、光子や電子などは、空間中にある時、大まかな軌道に沿って移動しながらも、自分自身の世界線が重なったり、隣り合う箇所では「自分自身と衝突する」ことで、その軌道を微妙に変えたり、軌道を増やしながら移動・運動するので、結果として、スクリーンに干渉縞ができるということになります。

※これは、テイラーの解釈です。

※電子を用いた実験でも、同じ現象が起こります。

※量子効果が働くときは、光子や電子は「波動」としてあるということです。

※光子には質量がなく、その逆に、電子にはわずかながら質量がありますが、極めて軽微であるせいか、やはり、電子の移動・運動にも量子効果が働きますね。

時間の存在③(その謎と本質)

初めに、今回は、「時間の存在③(その謎と本質)」について述べていきたいと思います。

ここで、この宇宙の時間(≒時計)は、(大きく分けて)二つあるのでした。

それは、「絶対時間(≒絶対時計)」と「相対時間(≒相対時計)」です。

この宇宙の始まりには、前者の「絶対時間(≒絶対時計)」だけがあったはずです。

なぜならば、この宇宙の初期(=インフレーションやビッグバンの起った時期)には、宇宙は人間の想像を超えるほどの超高温・超高密度な状態で、その重力場は非常に安定していたものと思われるからです。

※しかも、初期の宇宙の大きさは、「点に近いもの(=極小の空間)」だったとか・・・。

したがって、その宇宙に流れる時間は単一の絶対的な時間であったはずなのです。

それが、インフレーションやビッグバンが起こったことによって、宇宙の内側にエナジーや質量の偏りが発生しました。

※正確には、「特異点の問題」を回避しなければならないために、この宇宙では初めからインフレーションやビッグバンが起こっていたと考えるほうが自然で妥当です。

※つまりは、筆者個人は、この宇宙は、「(完全な)無から生じた」とか、「量子揺らぎから始まった」のではなくて、その初めから「(ある程度の)有だった」と考えます。

※もしも、以前書いてアップした記事の内容と齟齬や矛盾があったらゴメンなさい(笑)。

これにより、宇宙全体の安定していた重力場が乱れて、宇宙の各所・各領域において、その重力の強さや加速度の大きさに応じる格好で、その場に固有の時間(≒時計)が発生したのでしょうね。

これが、「相対時間(≒相対時計)」なのですね。

さらに、この宇宙はいずれ「熱的平衡(=熱的死)」の状態となり、あらゆる生命や星々は無残にも散り散りとなって(=宇宙全体の物質密度が極めて均一で希薄となって)、宇宙にあるあらゆる物質や物体の運動が(ほとんど)意味をなさなくなることが分かっています。

ここで、時間は有限であるので、いずれは宇宙の時間は止まってしまうのでしょうが、恐らくは、この宇宙は、この熱的平衡の状態に達したときにその進行を止めてしまうのでしょう・・・。

※時間が有限でなければ(=無限であれば)、「時間の経過」や「現在という観念」さえも成り立たなくなってしまいますから・・・。

最後に、したがって、宇宙全体の時間(=絶対時間)というものは確かにあるのでしょうね。それは、宇宙全体の時間に限りがある(=寿命がある)ということは、いくら個々の場所や領域に寿命が残されていても、「(全体としては)死に至っている」といえるからです。

※例えば、人間の死になぞらえていえば、個々の臓器が機能していても、脳そのものが機能停止していれば、「その人間は死亡している」と見なすのに似ていますね・・・。

時間の存在②(その謎と本質)

初めに、今回は、「時間の存在②(その謎と本質)」について述べていきたいと思います。

ここで、時間とは、物体の運動を抜きにしては語れない、定義できないのでした。

さらに、物体の運動を司る法則とは、星々の配置(=銀河や銀河団の構造)を決定するために要請されるものだといえますし、星々の配置はそのままこの宇宙の空間の状態(≒様態)となります。

※「宇宙の空間の状態(≒様態)」とは、例えば、この宇宙の空間を一つのキャンヴァスに見立てると、宇宙の星々の存在は、そのキャンヴァスに描かれたものとなりますね。つまり、それが(ほぼ)そのまま「状態(≒様態)」となるということです。

ここで、例えを用いて、この宇宙を支配する法則について説明していきます。

たとえば、水槽にインクを垂らすと、そのインクは複雑な動きをしながらも、最終的には水槽全体に薄く広がり、水槽の中の水を染め上げます。

つまりは、水槽の最初の状態(=水とインクが完全に分離している状態)から、最後の状態(=水にインクが溶け合っている状態)までの過程が法則によって導き出される、決定されるということです。

では、時間とは何なのかと改めて問いたいと思います。

巷では、時間とは、絶対的であるとか相対的であるとか言われていますが、やはり、今までの人間の時間についての認識や理解が不足しているように思われますね。

というのも、先述したこの宇宙の法則は、宇宙全体の時間が不連続であるという(=この宇宙の状態とはゲームや映画のようにコマ割りで作られるという)前提の上に成り立っています。

※時空(=時間と空間の合成体)には最小のサイズがあって、その細部には仕切りのようなものがあります。したがって、時空とはコマ割りで不連続なものといえますね。

つまりは、この宇宙を支配する法則とは、ある一つの宇宙の空間の状態を決定すると(=宇宙の一コマを描き切ると)、続けて、次の状態を決定しようと(=次のコマを描こうと)働くのですね。

これは、この宇宙の法則が、(少なくとも、)「我々人間が知覚し得る時間」を生み出しているということになります。

※「宇宙の法則」>「宇宙の(人間の知覚し得る)時間」という関係となります。

※この宇宙の法則が、宇宙のあまねく星々の配置や形状を(物理的な計算に基づいて、)一つ残らず決定し尽くす。すると、宇宙全体が次の瞬間(=次の一コマ)に遷移するということであり、「我々人間の知覚しえる時間」とは、その一コマを単位とする時間であるということです。

したがって、宇宙全体として時間は「絶対的」な存在だといえますね。

しかし、アインシュタイン相対性理論に基づけば、この宇宙の各所・各領域の時間は、それぞれに独立で、その固有の重力や加速度に応じてテンポ(=進行の度合い・具合い)が変化するとされています。

では結局のところ、時間とは「絶対的」なのか、それとも「相対的」なのか?。「そのどちらが正しいのか?」という疑問に行きつきます。

結論を先に言いますと、そのどちらもが正しいです。

なぜならば、宇宙全体としては絶対的な時間で進行していて、宇宙の各所・各領域は相対的な時間で進行しているからだと言えるからです。

つまりは、この宇宙全体にはまず一つの絶対的な時間(=他のすべての基準となる時計)があって、次に、宇宙の各所・各領域に無数の相対的な時間(=基準となる時計に基づいて動く各々の時計)があるということになります。

※前者を「絶対時間(≒絶対時計)」として、後者を「相対時間(≒相対時計)」とします。

※相対時間(≒相対時計)は、絶対時間(≒絶対時計)を常に参照していて、宇宙の各所・各領域に及ぶ重力や加速度の強さに応じて、絶対時間(≒絶対時計)に対する比で、そのテンポが決定されるということです。

※「絶対時間(≒絶対時計)」>「相対時間(≒相対時計)」という関係となります。

最後に、この宇宙には(大きく分けると)二つの時間(=時計)があって、それは「絶対時間(≒絶対時計)」と「相対時間(≒相対時計)」であり、後者が前者を常に参照しているということです。

※この宇宙をマクロ的な視点で見ると「絶対的な時間が流れている」となり、ミクロ的な視点で見ると「相対的な時間が流れている」となりますね・・・。