「二項対立」と「二項両立(=二律背反)」(経済社会の背負っている宿命)

初めに、今回は、「二項対立と二項両立」について述べていきたいと思います。

ここで、二項対立とは、例えば、男性と女性という両極の性質・属性のうち、(ある時には、)どちらか一方のみの成立を認めるということでした。

※つまりは、"中間と境界を許容しない"という考え方ですね。

対して、二項両立とは、男性と女性の間の性別(もしくは両性)の成立を認めるということでした。

※つまりは、"中間と境界を許容する"という考え方ですね。

さらにここで、経済とは、社会の抱える問題・課題を発見して、人々の持つ潜在的なニーズやウォンツを掘り起こすことで、社会の成長がもたらされるという仕組みや原理のことですが、その動機付けとしては、人々の意識的な進歩や成長を促すということがあって、(結果として、)それに向けた努力によって、社会全体に経済的な豊かさがもたらされるということだと思います。

※少なくとも、わたし(筆者個人)はそう信じています・・・。

ところで、二項対立についてですが、これを経済に適用すると、"(原理的には、)社会は経済的に「進歩・プラス成長」するのか、それとも「退歩・マイナス成長」するのか"の二択しかないということがわかります。

※二項対立では、「中間と境界」(=曖昧な姿勢や立場)に寛容ではないからです。

※これは極めて、西洋的というのか、アメリカやヨーロッパ的なものの考え方でしょう。

二項両立については、「進歩・プラス成長」と「退歩・マイナス成長」の両方が同時に起こる、つまりは、「社会の停滞・ゼロ成長」をするということになります。

※これは、いかにも日本的ではありませんか?・・・。

※"男か女か"、あるいは、"右か左か"の選択で、どっちつかずの状態になるのですから・・・(笑)。

したがって、物事の原理としては、二項対立よりも二項両立のほうが複雑です。なので、西洋は東洋と違って、いたってシンプルな考え方になりますね。

※タオ(=太極図)に見られるように、東洋では単純に二元的なものの考え方はしません。それらの中間の存在を許容して、これを認めていますよね?・・・。

最後に、まとめると、二項対立(=西洋)と二項両立(=東洋)とは、(原理的にいって、)互いに矛盾し合っていて、互いに相容れないということがわかるかと思います。

※しかし、社会とは、常に時代や環境の変化に追いついていかなければならない宿命にあるので、(本来は、)経済社会に「停滞・ゼロ成長」というものはなくて、それは実質的には「退歩・マイナス成長」の方に分類・クラスタリングされなければならないのではないでしょうか?・・・。

※つまりは、「成長率ゼロ」とは、"「マイナスの成長」としてみなされなければならないという"ことですね。

※時代や環境の変化によって、旧来の技術や設備はすぐに劣化・陳腐化してしまうので、積極的に経済活動することで、常に新しい価値を創出しなければならないからです。つまりは、ゼロ成長で経済全体の収支がトントンというのはありえなくて、それは、技術や設備の劣化・陳腐化によって生じる社会全体の価値の減少を考慮していないということです。

※したがって、経済の収支が、プラス面(=収益)とマイナス面(=損失)の間で完全につり合いが取れるのは、"(社会全体が)プラスの成長を遂げている場合だけ"でしょうね。