神の存在(その姿や形)

(考えてみれば、)この世界や宇宙は、初期の頃は、何にも分化されていなかった。いわば、一なるものだったはずです。

そこは、形あるものの最小単位である素粒子さえも実在しない世界です。

(当然にして、)そこには、地球も人類も実在しなかったのです。

宇宙は無から転じて、量子のゆらぎ状態からビッグバン、そして宇宙の晴れ上がりまで辿って、物質の存在を許容できるようになって、今に至ります。

現在は、無数の銀河系と惑星からなり、そのうちの一握りの環境である地球に、我々現生人類がいるといった具合です。

その地球上には約70億もの人口が居住していて、生活もしています。

それぞれの個人には自由意志があり、それぞれの意志に基づいて地球上でなんらかの活動をしています。

(その意志の働きをも含めた)精神的活動および肉体的活動を可能としているのは、それは、この世界や宇宙が元は一つのものであり、そこから様々な形を取り、それぞれの個人の姿を見せていると認識・理解することができるでしょう。

翻って、その一なる状態だった世界や宇宙を神と呼ぶことはできないでしょうか。

さらに言えば、その後の(無数で)様々な存在に分化していった現在の世界や宇宙の在り方そのものが、神ともいえるのではないでしょうか。

※これは、スピノザの汎神論とも共通する考え方だと思います。

※凡そ全ての物事の始まりを'神'と定めるならば、この世界や宇宙に今既にあるものの全ては、一なるものから生じており、その一なるものは、神の存在と同一であり、そもそも、この世界や宇宙には、"神の存在しかあり得ない"、ということです。