時間の存在①(その謎と本質)

初めに、今回は、「時間の存在①(その謎と本質)」について述べていきたいと思います。

ここで、巷では、「時間とは 物体の運動によってのみ定義され得る」、「時間は 人間の(認知上の)錯覚である」、「時間は実在しない」などという言説があります。

恐らくは、巷で流布されているこれらの言説の元・出どころは、オーストリアの物理学者マッハだと思われます。

マッハは、「宇宙のあらゆる物質がなくなったら 何の変化も起こらないので 時間そのものが存在しなくなる」、また「時間は絶対的なものでなく 物質との相対的関係で存在する」とも主張しています。

※これは、ニュートンの提唱した「絶対時間」に対比される「相対時間」というものです。

ここで、(世界的には、)現在実用化されていて、精度の高い部類の原子時計では、セシウム133原子の共鳴周波数(≒振動数)が91億9263万1770回となる運動に要する時間を1秒と定義しています。

時間には物理的な実体(=物体)が伴わないので、(人間が)時間を計るには、なんらかの物体の運動抜きには、時間を計ることはできないというのが事実・現実です。

我々人間(=地球人類)には、時間の存在と実在を(認知上)直接確かめる術・手段がないために、時計というものを発明しましたが、昔の人達は、目に見えない時間の存在と実在を物体の運動に句繰り入れたのでした。

ここで、物体を構成する物質の元となる原子や分子を絶対零度にまで冷却したとしても、原子や分子の運動は完全に停止させることはできないそうです。このことから、時間は物体の運動抜きには定義できないものであり、その存在と実在も成り立たないということが言えます。

量子力学における不確定性原理では、絶対零度でも原子の振動は止まることなく、原子の持つエナジーが最低の状態でも「零点振動」というのをしているそうです。

終わりに、この考えを推し進めていくと、アインシュタインの提唱した「時空」の考えにはまだ不足があったことがわかります。つまりは、原子はいかなる温度であっても運動し続けるのであれば、この宇宙では、時間と空間が一体となっている以上の意味が見出せるからです。

それは、時間と空間(のセット)に加えて、物質とエナジーの存在・実在も一体であり、時間と空間が(切り離せない)セットであるように、物質とエナジーもセットであるということです。

さらにいえば、「時間と空間のセット」は、「物質とエナジーのセット」ともくっついているということです。

※上位のセットということです。

※(物理学的にいえば、)この宇宙は、「時間」「空間」「物質」「エナジー」に加えて「法則」、以上の5点を要請しているようです。

※「宇宙の5点セット」とでもいえばいいのでしょうか?・・・(笑)。